http://www.mao-d.com/wp-content/uploads/2017/05/a0782_000049.jpg
アンテナ
http://www.mao-d.com/wp-content/uploads/2017/05/a0007_001545.jpg
アンテナ
http://www.mao-d.com/wp-content/uploads/2017/05/e1cd7e25ee91b600047c905df2bf7094_m.jpg
アンテナ

八木・宇田アンテナ

八木、宇田アンテナは、日本の工学者で元東北帝国大学教授である宇田新太郎によって発明されたものです。宇田新太郎は富山県下新川群舟見町出身で、東北帝国大学工学部電気工学科に入学し、卒業後は東北帝国大学の研究者となりました。もう一人の発明者である八木秀次は、日本の工学者、実業家、政治家でもありました。

一番後にリフレクタと呼ばれる反射期、その前にラジエータと呼ばれる輻射器、その前に導波器の素子を並べた構造になっています。基本的な構造は、電波を放射する金属棒の前後に長さの異なる金属棒を並べただけの簡単なものです。このうち短い金属棒が並んでいる方向への感度が強く、全体の金属棒の数が多いほど感度が上がり指向性が鋭くなります。また、八木•宇田アンテナを複数重ねて使用しても、感度が上がり指向性が鋭くなります。

短い方が前で、やや短い金属棒があります。これを導波器と言います。導波器は複数並べてあり、電波を強めながら放射器に送り込む作用があります。

なお、八木アンテナは第二次世界大戦で欧米各国が軍用レーダーのアンテナとして採用し、逆に日本を苦しめたというエピソードを持っています。